自宅で看取りをするとき、最期が近いサインは?|家族に知っておいてほしい体の変化

「ほとんど食べなくなった」
「一日の大半を眠っている」
「尿がずいぶん少なくなった」
「昨日までと呼吸の仕方が違う気がする」
自宅で大切な人を看ていると、こうした一つひとつの変化がとても気になると思います。
「最期が近いのだろうか」
「本人は苦しくないのか」
「何かしてあげた方がいいのか」
「このまま家で見ていて大丈夫なのか」
訪問看護の現場でも、ご家族からよく聞く言葉です。
最初にお伝えしておきたいのは、最期の経過は一人ひとり違うということです。
いくつかの変化が重なってくることもあれば、ほとんど目立った変化がないまま経過する方もいます。一度状態が落ちたように見えて、その後少し持ち直すこともあります。
ですから、この記事は「この症状が出たらあと何日」という予測をするためのものではありません。
これから起こるかもしれない変化を少し知っておくことで、ご家族が突然の変化に驚きすぎず、必要な時に医師や訪問看護へ相談できるようにする。そのための記事です。最期の時期を正確に判断することは医療者にとっても容易ではなく、複数の変化や病状全体をみながら判断する必要があります。
ROKUで行っている終末期の訪問看護全体については、こちらで詳しくご案内しています。
「食べてくれない」が、ご家族には一番つらいことがあります
病状が進んでくると、それまで食べていた方でも、少しずつ食事量が減ってくることがあります。
「昨日はお粥を半分食べたのに、今日は二口だけ」
「水もあまり欲しがらない」
そんな変化を見ると、ご家族としては当然心配になります。
食べないから弱ってしまうのではないか。何とか食べてもらわないといけないのではないか。
そう思うのは自然なことです。
ただ、人生の最終段階では、病気の進行や全身状態の変化に伴って、体が必要とする食事や水分の量そのものが少なくなっていくことがあります。食欲が低下し、飲み込む力も弱くなることがあります。無理に食事や水分を勧めることで、かえってむせたり、本人にとって負担になったりすることもあります。NICEも最期の数日では食欲や飲水欲求、嚥下機能が低下することがあるとしており、飲める場合は本人の希望に合わせて支援しながら、誤嚥にも注意するよう勧めています。 ナイス
「食べさせなければ」と頑張り続けるより、
食べたい時に、食べられるものを、食べられるだけ。
それでよい時期もあります。
むしろ口の乾燥がつらそうであれば、口の中を湿らせたり、口腔ケアをしたり、飲み込める方なら少量の水分をとってもらったりする方が、本人の心地よさにつながることがあります。
日本緩和医療学会のガイドラインでも、終末期の口渇に対するケアとして口腔ケアの重要性が示され、ご家族が口腔ケアや清拭、軽いマッサージなどに一緒に参加することも家族支援として挙げられています。 JSPM
点滴をすれば元気になる、とは限りません
食事や水分が減ってくると、次にご家族が心配されるのが点滴です。
「点滴だけでもした方がいいのでは?」
これは本当によく出てくる話です。
もちろん、点滴が必要な場合もあります。一方で、人生の最終段階では、点滴を増やすことが必ずしも本人の楽さにつながるとは限りません。
終末期のがんでは、輸液によって浮腫や胸水、腹水、気道分泌などが増える可能性もあり、点滴をするかどうか、どの程度の量にするかは、その時の状態や本人の苦痛、希望をみながら個別に考える必要があります。
日本緩和医療学会も、一律に「する」「しない」と決めるのではなく、本人の利益・不利益や希望を考えながら検討することを重視しています。 JSPM
これは、ROKUでも大切にしているところです。
「食べられないから、とりあえず点滴」ではなく、
今のご本人にとって、点滴をすることで何が良くなるのか。反対に負担になることはないのか。
尿量、むくみ、呼吸状態、口渇、意識状態、胸水や腹水なども含めて見ながら、主治医と相談していきます。
CVポートを使用した在宅での点滴については、こちらの記事でも詳しく書いています。
眠っている時間が増え、呼びかけへの反応が少なくなることがあります
少し前まで会話していた方が、徐々に眠っている時間が長くなることがあります。
声をかけると目を開けるものの、すぐ眠ってしまう。
返事が短くなる。
やがて、声をかけてもほとんど反応しなくなる。
こうした意識状態の変化も、人生の最終段階でみられることがあります。
NCIやNICEでも、意識レベルの低下やコミュニケーションの変化は最期の時期にみられる所見として挙げられています。 ナイス
ただし、ここは注意が必要です。
眠気や反応の低下がすべて「最期が近いから」とは限りません。
薬の影響、感染症、脱水、せん妄、低酸素など、別の原因が隠れていることもあります。
急に反応が悪くなった。いつもと明らかに違う。
そんな時は、家族だけで「終末期だから仕方ない」と判断せず、訪問看護や主治医へ連絡してください。
尿が少なくなってくることがあります
食事や水分が減り、全身の循環や腎臓の働きが低下してくると、尿量が少なくなることがあります。
トイレに行く回数が減ったり、オムツに出る尿が少なくなったり、尿道カテーテルを使用している方では尿バッグにたまる量が減ったりします。
尿量の低下は、最期が近い時期にみられることのある身体変化の一つです。
特に著しい尿量低下は、NCIでも最期の数日に認められることがある所見として報告されています。 がん情報センター
とはいえ、これも「尿が少ない=必ず看取りが近い」という意味ではありません。
たとえば尿道カテーテルを使用している場合には、チューブの屈曲や閉塞などで尿が流れていないこともあります。
だから私たちは、尿の量だけではなく、食事や水分、むくみ、血圧、意識、呼吸、全身状態などを一緒に見ます。
呼吸のリズムが、今までと変わってくることがあります
最期が近づくにつれて、呼吸にも変化がみられることがあります。
呼吸が浅くなったり、速くなったり。
反対にゆっくりになったり。
深い呼吸と浅い呼吸を繰り返したり、しばらく呼吸が止まったように見えて再び呼吸したりすることもあります。
手足が冷たくなったり、皮膚の色がまだらに変化したりすることもあります。
NICEはCheyne–Stokes呼吸、意識低下、皮膚のまだらな変化などを最期の数日にみられる可能性のある所見として挙げています。 ナイス
ご家族にとって、呼吸の変化は特に怖く感じるものです。
ただ、呼吸の見た目が変わっていることと、ご本人が強い苦痛を感じていることは必ずしも同じではありません。
私たちは呼吸数や酸素飽和度だけでなく、眉間にしわが寄っていないか、体に力が入っていないか、落ち着かない様子がないか、表情はどうか、といったところも確認します。
逆に、本当に息苦しさがある場合には、姿勢の調整や環境調整、酸素、薬剤など、その方の状態に応じた苦痛緩和を主治医と相談します。終末期だから苦しさを我慢する、ということではありません。 ナイス
「喉がゴロゴロしている。苦しいのでは?」と思うことがあります
ご家族が特に驚かれる変化の一つです。
自分で痰や唾液を飲み込んだり、咳をして外に出したりする力が弱くなると、喉の奥に分泌物がたまり、呼吸に合わせてゴロゴロという音が聞こえることがあります。
音だけを聞くと、
「痰が詰まっている」
「窒息するのでは」
「すぐ吸引しないと」
と思われるかもしれません。
しかし、この呼吸音はご家族には非常につらく聞こえる一方で、ご本人自身の苦痛とは一致しないことが多いとされています。
NICEも、こうした分泌物による呼吸音は家族を不安にさせるものの、本人に不快感を与えている可能性は低いと説明しています。 ナイス
吸引が必要な場合もあります。
ただ、音をなくすことだけを目的に何度も吸引すると、かえって本人の負担になることもあります。
体の向きを変える。口の中を整える。分泌物を減らす薬を検討する。必要な範囲で吸引する。
その方にとって一番負担の少ない方法を考えます。
手足が冷たくなったり、皮膚の色が変化することがあります
循環が少しずつ低下すると、手足の先が冷たくなったり、紫がかった色になったり、皮膚がまだらに見えたりすることがあります。
「冷たいから、もっと温めないと」
と思われることがありますが、ご本人が寒そうにしているのでなければ、必ずしも強く温める必要はありません。
布団を整える。手を握る。本人が心地よく過ごせる程度にする。
それで十分なこともあります。
ここでも、私たちが見るのは数字や身体所見だけではありません。
その人が今、苦しそうなのか。穏やかなのか。
そこを大切にします。
「血圧が下がった」「酸素の数字が下がった」――数字を追い続けなくてもよい時があります
在宅療養が長くなると、ご家族が血圧計やパルスオキシメーターの数字を見ることに慣れている場合があります。
血圧が60になった。
SpO₂が測れなくなった。
脈が触れにくくなった。
もちろん、こうした変化は状態を見る材料になります。
ただ、人生の最終段階では、数字を正常に戻すことそのものがケアの目的ではなくなることがあります。
NICEも最期の数日では、ケアに影響しない検査や観察を漫然と行うのではなく、その人の症状、希望、快適さに合わせて個別にケアすることを勧めています。 ナイス
「血圧はいくつか」だけでなく、
眠れているか。
痛そうではないか。
呼吸はつらそうではないか。
口は乾いていないか。
安心できる人がそばにいるか。
そういうことの方が大切になる時期があります。
これは病院から自宅へ場所が変わるだけではなく、医療の目的そのものが少し変わっていく時期ともいえます。
ご家族は「何もしてあげられない」わけではありません
ここは、この記事で一番伝えたいところです。
食事ができなくなる。
会話ができなくなる。
起きられなくなる。
医療者から「状態がかなり厳しくなっています」と説明を受ける。
そうすると、ご家族は、
「もう何もしてあげられない」
と感じることがあります。
でも、そんなことはありません。
口を湿らせること。
乾いた唇を整えること。
楽な姿勢にしてあげること。
手を握ること。
いつものように声をかけること。
好きだった音楽を流すこと。
そばにいること。
十分に意味のあるケアです。
日本緩和医療学会のガイドラインでも、家族が希望する範囲で口腔ケア、清拭、手足への軽いマッサージ、音楽、声かけ、思い出を話すことなど、ご家族が参加できるケアが挙げられています。 JSPM
何か特別なことをしなければならないわけではありません。
家でいつも一緒に過ごしてきた方なら、いつものようにそばにいることも、その人らしい看取りの一つだと思います。
痛みや息苦しさは「最期だから仕方ない」ものではありません
一方で、我慢しなくていい症状もあります。
痛みが強い。
呼吸がつらそう。
落ち着かず苦しそう。
吐き気が強い。
こうした症状については、人生の最終段階であっても苦痛を和らげるための治療やケアを行います。
厚生労働省も、人生の最終段階では疼痛やその他の不快な症状をできる限り緩和し、精神的・社会的支援を含めた医療・ケアを行うことを基本としています。 厚生労働省
がんによる痛みでPCAポンプを使用しながら自宅で過ごすこともあります。
「もう最期だから」と痛みや苦しさを放置するのではありません。
最期まで、できるだけ苦痛を少なくする。
それも在宅での看取りを支える大切な医療です。
「こんなことで電話していいのかな」と思わなくて大丈夫です
自宅で看取りをしていると、夜中に家族だけになる時間があります。
呼吸が変わった。
急に反応がなくなった。
尿が出ていない。
痰の音が増えた。
痛そうに見える。
あるいは、何が変わったのかうまく説明できないけれど、何となくいつもと違う。
そういう時があります。
「もう夜中だし」
「これくらいで電話したら悪いかな」
と考える必要はありません。
特に人生の最終段階では、ご家族が「いつもと違う」と感じたこと自体が大切な情報です。
ROKUでは、ご利用中の方について24時間365日の緊急対応体制を整えています。
突然の大量出血、けいれん、強い呼吸困難など、あらかじめ想定していなかった急激な変化が起きた場合は対応が異なることがあります。
どのような時に訪問看護へ連絡するのか、主治医へ連絡するのか、救急要請を考えるのかは、できれば状態が大きく変わる前に確認しておくことが大切です。
「最期まで家で」と決めたら、絶対に家でなければならないわけではありません
自宅で看取りたい。
そう決めて在宅療養を始めても、気持ちが変わることはあります。
ご本人が「やっぱり病院へ行きたい」と思うかもしれません。
ご家族が疲れ切ってしまうこともあります。
症状によっては入院した方が安心な場合もあります。
反対に、一度は病院で最期を迎えるつもりだった方が、「やっぱり家に帰りたい」と思うこともあります。
一度決めたことを守り続けることよりも、その時の本人と家族の思いをもう一度確認することの方が大切です。
厚生労働省のガイドラインでも、人生の最終段階の医療・ケアは本人の意思決定を基本としながら、本人の意思は変わりうることを前提に、本人・家族・医療介護職が繰り返し話し合うことを重視しています。 厚生労働省
ROKUが看取りで大切にしていること
ROKU訪問看護ステーションのMISSIONは、
「自分の家族も看たいと思える看護を、地域に届ける。」
です。
この言葉は、看取りの場面では特に重いものだと考えています。
もし自分の父親や母親だったら。
食べられなくなった時、無理に食べさせるだろうか。
呼吸の音が変わった時、家族にどう説明してほしいだろうか。
夜中に不安になった時、「朝まで待ってください」と言われたらどう感じるだろうか。
私たちは、そうやって**「家族に置き換えて考える」こと**をVALUEの一つにしています。
同時に、「本人の想いを中心にする」「家族の不安にも向き合う」「あきらめる前に考える」「地域と一緒に支える」ことも、ROKUが大切にしている価値観です。
「家で過ごしたい」という本人の希望だけを優先して、ご家族が限界になるまで頑張ってもらうことが正解ではありません。
反対に、ご家族が不安だからという理由だけで、本人が望んでいた自宅での生活を最初からあきらめる必要もありません。
本人と家族・・・どちらも大切です。
訪問診療、ケアマネジャー、訪問介護、薬局など地域の人たちとも一緒に考えながら、その時々で一番納得できる方法を探していく。
それが、ROKUの考える在宅での看取りです。
私たちのVISIONである、
「浪速区・大国町で、家で過ごすならROKUに相談しようと思ってもらえる存在へ。」
という言葉も、こうした関わりを一つずつ積み重ねた先にあるものだと思っています。 →ROKU訪問看護ステーション
大阪市浪速区で、自宅での看取りについて不安がある方へ
「もう食べられなくなってきた」
「寝ている時間が増えてきた」
「この呼吸は苦しくないのだろうか」
「最期が近いのかもしれない」
「家族だけで看ていけるのか不安」
まだ答えが出ていなくても大丈夫です。
自宅で看取るか、病院で過ごすかを決めてから相談する必要もありません。
ご本人がどう過ごしたいのか。
ご家族は何を心配しているのか。
今どんな支援があれば、自宅で過ごすことができるのか。
そこから一緒に考えます。
大阪市浪速区・大国町周辺で、がん末期・終末期の在宅療養や自宅での看取りについてお困りの場合は、LINE・電話・お問い合わせフォームからご相談ください。
参考文献
この記事は、厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」、日本緩和医療学会「終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン 2013年版」、NICE「Care of dying adults in the last days of life」、米国国立がん研究所(NCI)「Last Days of Life(PDQ)」などを参考に作成しています。 厚生労働省
執筆者:宮本 真一郎看護師。救急・急性期・手術室・離島医療を経験後、訪問看護に従事。がん末期・難病・医療依存度の高い方への訪問看護、在宅看取り、ご家族への支援に携わる。ROKU訪問看護ステーション代表。






