大脳皮質基底核変性症の在宅療養|カフアシスト(排痰補助装置)を使った呼吸ケアと訪問看護
更新日:9月21日
痰はある。
でも、自分の力だけでは、うまく外へ出せない。
神経難病が進行した方の在宅療養では、こうした呼吸の問題に向き合うことがあります。
今回ご紹介するのは、大脳皮質基底核変性症の利用者さんに、実際にご自宅で行っている呼吸ケアです。
ROKU訪問看護ステーションでは、主治医や関係する医療職と連携しながら、排痰補助装置を使用したケアを行っています。
病院ではなく、いつものベッドで。
ご家族がそばにいる、いつもの自宅で。
医療機器が必要になっても、その方の生活は続いています。
今回は実際の訪問看護の写真とともに、大脳皮質基底核変性症、痰を出すために必要な「咳」の仕組み、排痰補助装置の役割、そして在宅で私たち訪問看護師が何を見ているのかについて、少し深くお伝えします。
※掲載している写真・記事については、ご家族に趣旨をご説明し、撮影およびホームページへの掲載についてご了承をいただいています。
大脳皮質基底核変性症とは
大脳皮質基底核変性症(Corticobasal Degeneration:CBD)は、大脳皮質や大脳基底核などの神経細胞が障害されていく進行性の神経変性疾患で、国の指定難病7に指定されています。
典型的には、身体の左右どちらか一方から症状が強く出現し、筋肉のこわばりや動作の遅さといったパーキンソン症状、思うように手足を動かせない失行、ジストニア、ミオクローヌスなどがみられます。
病状が進行すると、反対側の手足にも症状が広がったり、歩行が難しくなったり、言葉が出にくくなったり、認知機能に変化がみられることもあります。
ただ、CBDの経過は一様ではありません。
現在では、典型的な症状だけでは説明できないさまざまな臨床像があることが分かっており、診断そのものが難しい疾患でもあります。
ちなみに、医学的には「大脳皮質基底核変性症(CBD)」と「大脳皮質基底核症候群(CBS)」は厳密には同じ意味ではありません。
この記事では、今回の利用者さんの診断名に合わせて「大脳皮質基底核変性症」と記載しています。
痰を出すためには「咳をする力」が必要です
呼吸ケアを考えるとき、
「痰が多いか少ないか」
だけを見ていてはいけません。
もう一つ、とても大切なのが、その痰を自分の力で外へ出せるか。という視点です。
私たちが普段何気なくしている「咳」は、実はかなり複雑な運動です。
まず大きく息を吸う。
次に声門を閉じ、胸腔内に圧をためる。
そして声門を開くのと同時に、呼気筋を使って勢いよく空気を吐き出す。
この一連の動作によって速い呼気流が生まれ、気道内の分泌物を外へ運びます。
つまり、痰があったとしても、大きく息を吸えない、声門の動きがうまくいかない、十分な呼気流を作れない、といった状態になると「咳はしているけれど痰が出せない」ということが起こります。
大脳皮質基底核変性症だから、必ずカフアシストが必要なわけではありません
ここは大切なので、少し専門的な話をします。
大脳皮質基底核変性症だからといって、すべての方に排痰補助装置が必要になるわけではありません。
また、大脳皮質基底核変性症(CBD)では必ず呼吸筋が低下する」と単純に考えるものでもありません。
CBDは進行に伴い、運動機能、姿勢、嚥下、発語、認知機能など、さまざまな機能に影響することがあります。
神経変性疾患では嚥下障害がみられることもあり、嚥下障害は誤嚥性肺炎や低栄養などとも関係します。
その中で、
「十分な咳ができているか」
「痰が気道に残っていないか」
「嚥下機能はどうか」
「呼吸状態はどうか」
「吸引だけで十分なのか」
といった、その人自身の状態を評価していくことが大切になります。
病名だけを見てケアを決めるのではありません。
今、この方の呼吸に何が起きているのか。
そこから考えます。
カフアシストとは?正確には「機械的咳介助(MI-E)」
一般的に「カフアシスト」と呼ばれることがありますが、
正確には機械的咳介助(Mechanical Insufflation-Exsufflation:MI-E)を行う排痰補助装置です。
今回の写真で使用している機器は「Clearway 2」で、仕組みは非常に特徴的です。
まず気道に陽圧をかけて空気を送り込み、深く息を吸ったような状態を作ります。
その後、短時間で陰圧へ切り替える。
すると、肺から口側へ向かう大きな呼気流が生まれます。
つまり、機械が「大きく吸って、一気に吐き出す」という咳の一部を補ってくれるわけです。
ここで誤解されやすいのですが、排痰補助装置そのものが、吸引器のように痰を直接「吸い取っている」わけではありません。
目的は、咳に近い空気の流れをつくり、気道の奥にある分泌物を中枢側へ移動させ、外へ出しやすくすることです。
その後の状態によっては、自分で痰を出せることもあれば、口腔内などまで上がってきた分泌物に対して吸引が必要になることもあります。
だからこそ、「カフアシストをかければ終わり」ではありません。
その前後を含めた呼吸状態の評価が必要になります。
実際にご自宅で排痰補助装置を使用しています

今回ご紹介しているのは、ROKU訪問看護ステーションが実際に訪問している大脳皮質基底核変性症の利用者さんです。
ご自宅のベッドで、フェイスマスクを使用して排痰補助装置による呼吸ケアを行っています。
医療機器を使うというと、
「家でもそんなことができるの?」
と思われる方もいるかもしれません。
けれど、在宅医療では人工呼吸器、在宅酸素、吸引器、経管栄養、輸液ポンプ、PCAポンプなど、さまざまな医療機器が生活の中に入っています。
排痰補助装置もその一つです。
大切なのは「機械が家にあること」ではありません。その機械を、いつ使うのか。使った結果、どう変わったのか。いつもと何が違うのか。
異常があったときに誰へ連絡するのか。
そこまで含めて支援体制を作ることが、在宅療養では重要だと私たちは考えています。
訪問看護師は、カフアシストの「数字」だけを見ているわけではありません

写真を見ると、吸気圧、呼気圧、吸気時間、呼気時間、休止時間など、いくつもの設定があります。
ただし、この画面に表示されている設定値を見て、
「この圧なら安全なんだ」
「この設定で使えばいいんだ」
とは考えないでください。
MI-Eの適切な圧や時間について、すべての患者さんに共通する一つの設定値が確立されているわけではありません。
呼吸機能、胸郭の動き、疾患、気道の状態、嚥下や喉頭機能、本人の受け入れなどによって、設定や使い方は個別に調整する必要があります。
特に球麻痺症状などがある方では、陽圧や陰圧をかけた際に喉頭・上気道が閉じ、かえって十分な空気の流れが得られない場合も報告されています。
「圧を強くすれば、それだけ痰がよく出る」という単純なものではないです。
ROKUが排痰ケアの前後で見ていること
訪問時には、機械の操作だけをするのではありません。
まず呼吸数、SpO2、脈拍、顔色、胸郭の動き、呼吸音、痰の量・色・粘度、発熱の有無、意識状態など、普段と比べて変化がないかを確認します。
ケア中には、マスクがきちんと密着しているか、胸郭が動いているか、空気が入っているか、呼吸状態に変化がないか、苦痛を示す反応がないかなどを見ます。
そして実施した後。
痰が移動したのか。
呼吸音は変わったのか。
SpO2や呼吸数はどうか。
吸引が必要か。
呼吸が楽になっているのか、それとも疲れているのか。
そこまで確認して、一つのケアです。
特に言葉で苦しさや違和感を伝えることが難しい方では、数字だけでは分からない変化があります。
顔の表情。
身体の緊張。
呼吸のリズム。
胸の上がり方。
いつもの状態を知っている訪問看護師だからこそ気づける変化もあります。
これは機械にはできません。
排痰補助装置だけで呼吸ケアが完結するわけではありません
呼吸ケアは、機械一つで完結するものではありません。
姿勢を整えること。
痰の性状を見ること。
口腔内を清潔に保つこと。
必要に応じて吸引を行うこと。
嚥下の状態を見ること。
栄養や水分状態を見ること。
発熱やSpO2、呼吸音などから感染や呼吸状態の悪化を疑うこと。
そして普段との違いを早く見つけること。
こうした一つ一つがつながっています。
排痰補助装置は非常に有用な選択肢ですが、「機械を使っているから大丈夫」ではありません。
機械を使っている人を看る。ROKUでは、そこを大切にしています。
カフアシストと吸引は、役割が違います
在宅療養の相談で、「吸引をしているならカフアシストはいらないのでは?」
逆に、「カフアシストがあれば吸引はいらないのでは?」
と思われることがあります。
でも、この二つは目的が少し違います。
吸引は、吸引カテーテルなどを使い、到達できる範囲にある分泌物を取り除く方法です。
一方、MI-Eは陽圧と陰圧による空気の流れを利用して、自力では十分に作れない「咳」を補助するものです。
そのため、その方の状態によっては両方を組み合わせることがあります。
どちらが上、どちらが下という話ではありません。
今、その人の気道に何が起きていて、何が必要なのか。
そこを見て選択します。
「カフアシストが使える訪問看護」だけでは足りない
もちろん、医療機器を安全に扱えることは大切です。
でも、私たちはそれだけで不十分だとは思っています。
病気が進行する。
自分で身体を動かすことが難しくなる。
言葉で思いを伝えることも難しくなる。
食べること、痰を出すこと、呼吸することにも人の助けが必要になる。
それでも、その方にはこれまで暮らしてきた家があり、そばにいる家族がいます。
在宅では、医療は「生活の中」にあります。
だから私たちは、機械だけを見ない。
SpO2だけを見ない。
病名だけを見ない。
ご本人の状態と、ご家族が毎日どのように支えているのかまで含めて看る。
それが訪問看護だと考えています。
ROKUが大切にしている、
「自分の大切な家族もROKUで看たい」と思える看護。
医療依存度が高くなったときこそ、この言葉を大切にしたいと思っています。ROKU自身も、難病・重度障がいのある方について「病気や処置だけではなく生活全体を見る」ことを現在の支援方針として掲げています。
病院・地域連携室・MSWの皆さまへ
大脳皮質基底核変性症をはじめとした神経難病では、病状の進行に伴い、在宅でも医療的な支援が増えていくことがあります。
吸引が必要。
排痰補助装置を使用している。
在宅酸素がある。
NPPVや人工呼吸器を使用している。
経管栄養が必要。
意思疎通が難しくなっている。
こうした情報が並ぶと、「自宅で受けられる訪問看護はあるだろうか」と退院調整が難しく感じられることもあると思います。
ROKU訪問看護ステーションでは、大阪市浪速区・大国町を中心に、難病や重度障がい、呼吸管理を必要とする方についてもご相談を受けています。
現在の病院向けページでも、難病、吸引、人工呼吸器・NPPVなどを含む医療依存度の高い方の退院支援を案内しています。
退院が決まってからではなく、
「この状態で自宅に帰れるだろうか」
という段階からご相談ください。
病院で行っている医療を、そのまま自宅に持ってくればよいわけではありません。
自宅で誰が支えるのか。
夜間はどうするのか。
どの処置をご家族が行うのか。
訪問看護はどこを担うのか。
急変したときにどうするのか。
主治医、病院、訪問診療、訪問看護、ケアマネジャー、ご家族などで一緒に整理しながら、その方に合った在宅療養の形を考えていきます。
自宅で過ごしたい想いを、あきらめない。
そのために必要な医療と生活の支援を考えることが、ROKU訪問看護ステーションの役割です。
医療上のご注意
排痰補助装置(MI-E)の適応、使用方法、吸気圧・呼気圧、吸気・呼気時間、実施回数などは、疾患や呼吸状態、気道・喉頭の状態、使用する機器などによって異なります。
また、気胸や最近の圧外傷など、使用にあたり注意・禁忌となる状態もあります。自己判断で設定を変更したり、他の患者さんの設定をそのまま使用したりせず、必ず主治医や担当する医療職の指示・評価のもとで使用してください。
参考文献
難病情報センター「大脳皮質基底核変性症(指定難病7)」
厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業「大脳皮質基底核変性症(CBD)診療マニュアル2022」
Khan A, et al. Respiratory Management of Patients With Neuromuscular Weakness: CHEST Clinical Practice Guideline. Chest. 2023.
Chatwin M, et al. Mechanical Insufflation-Exsufflation: Considerations for Improving Clinical Practice.
執筆者:宮本 真一郎看護師。救急・急性期・手術室・離島医療を経験後、訪問看護に約8年間従事。がん末期・難病・医療依存度の高い方への訪問看護、在宅看取り、ご家族への支援に携わる。ROKU訪問看護ステーション代表。






